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東京高等裁判所 昭和31年(う)1584号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 篠崎忠太郎 外四名

弁護人 稲木延雄

検察官 磯山利雄

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人稲木延雄の控訴趣意一について。

本件記録及び原審において取り調べた証拠によれば、原判決第二の事実は原判決挙示の照応証拠により優にこれを認めることができる。すなわち船山巡査が最初に職務質問をなしたところと同行を求めた行先の原判示料理店「やなぎや」前の道路とは一軒の菓子屋を間に置いて僅かに離れたところで、しかも被告人は山中武平、高橋重吉が暴れ廻つた時刻より三十分余を経過した午前零時過頃で、急報により取締のためかけつけた船山巡査が被告人らに対し「やなぎやの前まで行つてほしい」と同行を求めたことは、深夜犯行のあつた直後でその現場に極めて近いこと、その他被告人らの挙動など当時の情況よりして当然職務執行の範囲に属し、これを逸脱したものではなく、この船山巡査の職務執行に対し、被告人及び山中武平らが原判示の如く同巡査に暴行傷害を加えたことはこれを公務執行妨害と傷害とのいわゆる想像的競合犯と認定するに妨げなく、所論の警察官職務執行法第二条は警察官の職務質問に関する一般的規定で同条第二項は質問に相当の時間を要することを前提とし、船山巡査が被告人らに対し「やなぎやで暴れたのはお前達か」と質問をはじめ、続いて判示のように同行を求め、さらに質問を継続しようとするとき、本人に対し不利であり、又は交通の妨害となることが認められる場合は、よろしく附近の警察署、派出所又は駐在所に同行を求めるべきであろう。しかるに原判示の如く同巡査より同行を求められるや山中武平が「何を言つてやがるんだ」と叫んで同巡査に飛び掛つて行つたのに端を発して被告人が山中武平及び高橋重吉と互に意思を連絡して暴行に出でたのは、いまだ同巡査が職務質問続行のため附近の警察署等へ同行を求めることを必要と認めないうちに同巡査に暴行を加えその職務執行を妨害し、かつ傷害を負わせたものであつて、右の規定を挙げて原判決の認定を論難するは適切でない。また所論の原審証人のうち柳恵子が「船山さんがタケと言う人に押されてから花月の方へ後退してゆきました。その時は篠崎がタケをとめているのを店のノレンの所からみました」と供述しているのみで他の大内たみ子、小沢文夫は被告人篠崎忠太郎の制止したことを明確に供述してはいない。のみならずこれらの供述といえども所論のように被告人篠崎忠太郎において山中武平と船山巡査とが渡り合ているのを仲裁に入つて制止したとの事実を認むべき証拠となしがたいことは記録及び証拠を仔細に検討すれば極めて明白であつて、原審が所論大内たみ子らの証言を判示第二事実判断の証拠として採用しなかつたことは当然である。すなわち原判決には所論のように事実誤認及び法令の解釈を誤つた違法の廉は毫もないので論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略す。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 草間英一 判事 渡辺好人)

稲木弁護人の控訴趣意

第一点原判決が被告人篠崎忠太郎に対して、公務執行妨害の事実を認定したのは事実誤認若しくは法令の解釈を誤つたものである。

(一) 昭和二十三年法律第百三十六号警察官職務執行法第二条一項乃至三項は、(1) 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らから犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。(2) その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、巡出所又は駐在所に同行することを求めることができる。(3) 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、巡出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。と規定している。

(二) 右は所謂警察官の職務質問に関する規定であつて強制力のないことは三項に於て明示する所であり、昭和二十八年五月六日の名古屋地方裁判所の判決、昭和二十七年十一月十五日の東京地方裁判所の判決、昭和二十八年三月三日の名古屋地方裁判所の判決等いずれも相手方が「答弁を拒否した場合には質問を打切るべきであつて、暗に答弁を強要する如き態度に出ることは到底職務行為とは認められない」旨判示している。

(三) 本件事案の場合に於て船山巡査が山中武平、高橋重吉並びに被告人篠崎等に対して事件の事情聴取のため柳屋料理店まで同行を求めたことは、現行犯逮捕するためであると認める訳に行かないから右に所謂職務質問の目的意図を以てなされたものと認めざるを得ない、ところでその船山巡査の職務質問の求め方が果して前記法条に規定する適法な仕方であつたかどうかが此処に問題にされなければならない、何故ならば右法案には第二項に於て「その場で質問することが本人に不利であると認められる場合には附近の警察署、巡出所又は駐在所に同行を求める」べきことと規定されておるにも拘らず、同巡査が同行を求めた場所はところもあろうに客の出入する人目の多い料理店である、而かもそれより数十分前に暴行事件のあつた現場である巡査が事件現場に同行を求めて事情を聴取することはそれは最早質問にあらずして訊問である、即ち船山巡査の右行為は職務質問の要件を充たさない行為であつて、到底公務と認めることを得ないものである。

(四) 而るに原判決が船山巡査の右行為を公務の執行と認めたのは前記警察官職務執行法の解釈を誤つたものであつて違法であり破棄を免れないものと思料する。

(五) 次に原判決が被告人篠崎に対して公務執行妨害の事実を認定したのは誤認である、原審証人大内たみ子、柳恵子、小沢文夫の公判廷に於ける各供述に依れば山中武平と船山巡査が渡り合つているのを被告人が仲裁に入つて制止した事実が明瞭である、又証人山中武平の公判廷に於ける供述によれば同人は船山巡査に同行を求められた時拒否したところ更に同巡査が同行を強要したので山中が怒つて「何を云つてやがるんだ」と云つた所同巡査がいきなり山中を殴つたので山中が殴り返して喧嘩になり同巡査が拳銃を出して威嚇したので被告人篠崎が之は山中が危ないと直感して同巡査の拳銃を持つ手を押えたのである、此の山中の供述は前記目撃者三名の供述中、二人の男(被告人と高橋重吉)が巡査をとめる様にしていた旨の供述と一致する。

(六) 以上に依り原判決には事実誤認又は法令の解釈に誤りあり結局破棄せらるべきものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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